◆このページは:無為な雑録です。(説明)
◆カテゴリ:すべて|LLM|歌詞|言語|雑文
◆最近多い話題:
・ LLM関連(とくにClaude Opus)
・『黒色のオーラ』と『for Yourself』の歌詞(目次)


● 132
《久しぶりだね こんなふうに二人で向き合うのは
 来なよ本気で 轟く咆哮に大地がうなり声を上げた
》

《容赦のない 神の領域へと
 行くぜ おまえだけに 逢うために
》

《底力の さらに底が開く
 来いよ おまえの手で 確かめろ
》


基本的に、対等ではない男同士のモチーフが好きだけど、
この2曲を聴いていると、対等になろうと必死でもがいている男(同士)のよさを教えられる気分。それもまた非対等の一形態だが。

初めから終わりまでずっと「挑戦」を語っている詞が、《来いよ おまえの手で 確かめろ》の部分だけ「挑発」になる。盤石だった権力関係にほんの一瞬ヒビが入るような、不穏な空気にぞくっとさせられる。原作の描写もしかり。
別の表現をすると、「不意の攻め感」を感じる。
あとシンプルに声が超かっこいい、《確かめろ》の語尾が色っぽい。

それにしても、《来なよ》は《行くぜ》と呼応してるのに、《来いよ》には応答がないんだな…
《夢を見届けよう》は観客席に座っているような響きもあるし。示唆的に見える。



被支配/被破壊の快楽は人間の根源であると同時に、健全な主体を脅かすタブー。しかし「健全な主体」というもの自体、それが壊される快楽のために作り出される仮構。ということも本当はみんな知ってるけど公然の秘密。うるせえもっと正直に言え という気持ちが、この2曲にやたら惹かれている理由の一端である気がしてきた。原作より色々と正直だから。

支配は、相手が抵抗するから意味がある。相手が「くやしい」と思うから優位に立てる。そして被支配の快楽も、自分の意思や心を折られることで成立する。“誇らしい自己”が強固であればあるほど、折られる快楽も深くなる。


TOP

★Powered by てがろぐ Ver 4.5.0.

◆

new| |old

▲
▼