◆このページは:無為な雑録です。(説明)
◆カテゴリ:すべて|LLM|歌詞|言語|雑文
◆最近多い話題:
・ LLM関連(とくにClaude Opus)
・『黒色のオーラ』と『for Yourself』の歌詞(目次)


● 194
「黒色のオーラ」の歌詞全体。自分が何を言っているか知らないからこそ、欲望がまったく遮蔽されずにテクストの表面にそのまま現れている…という、一種の無垢さがすごい。

もしそこに書き込まれている欲望の強度を自覚していたら、羞恥や逡巡が介入して言葉は間接的になり、欲望は修辞の奥に隠されるだろう。でもこの曲にはそれがない。どこまでも無自覚だから、とんでもなく大胆な詞を堂々と歌える。

そして歌唱がそれを裏づけている。きわめて力強く実直に、一音一音をはっきりと響かせる歌い方が、この無自覚の音声的な表れとして聴こえる。ためらいがない、含みがない、二重の意味に気づいている者の屈折がない——自分が闘士として全力で闘いに向かっていると完全に信じている者の声でしかない。

テクストが過剰な感情を含むとき、話者の側になんらかの自意識があれば、聴き手はその自意識を足がかりにして距離を取ることができる。照れや韜晦やアイロニーは、聴き手に「これは過剰であると話者自身も知っている」というシグナルを送り、それが感情の強度を緩和する緩衝材になる。

しかしこの曲にはその種の緩衝材が一切存在せず、その言葉の意味を受け止める場所は聴き手の中にしか残されていない。揺るぎない声によって叩きつけられる感情の過剰さから、聴き手は逃れられない。無防備さそのものが、一種の暴力的な親密さとして聴き手に作用する。


端的にいうと:赤裸々すぎるせいで聴いていて照れくさい。
「for Yourself」の歌詞や声はこれとは全く異なっていて、自分の感情を客観的に分節化できている人の言葉であり、語の選択にも部分的に照れが窺える(《信頼も 葛藤も》の《信頼》とか)。
だからこそCメロだけ無防備になるのが効くのだと思う。


TOP

★Powered by てがろぐ Ver 4.5.0.

◆

new| |old

▲
▼