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普通の強調と紛らわしいので、今後曲名は二重カギでくくることにする。
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私は『黒色のオーラ』の歌詞を読んで「こんなふうになってみたい」と思うタイプの人間であるため、『for Yourself』側の《Let Me Set You Free》という応答を見ると、せっかく一人の相手へ向かってあれほど美しく壊れていけるのに、どうしてそれを手放さなければならないのか……という喪失感に襲われる。寂しい。私だったら解放されたいなんて全然思わない。
『黒色のオーラ』では、歌詞の描く運動のすべてが《おまえ》に向かっている。おまえだけに逢うために神の領域へ向かい、おまえの打球を打ち返したことで潜在能力が覚醒し、開いてしまった自分の最深部におまえの手を呼び込み、強くなるのも夢を思い出すのもおまえがいるからだと無防備に告白し、輝きが落ち光が消え、もはや自分を誇れない瞬間にこそすべてを捧げる——つまりこの曲は、徹頭徹尾、“for You”の歌である。
それに対して『for Yourself』は、方向を反転させている。「君のために」ではなく「君自身のために」。君のために俺の身を捧げるのではなく、君自身のために俺は身を退く。この曲が相手に対する表のメッセージとして言っていることを——無粋ながらも——圧縮してしまうと、「君がどれほど深く俺に縛られているか、俺は知っている。しかもその縛りは俺にも届いている。だからこそ君は俺を神の位置に置いたまま捧げ続けるのではなく、俺から離れて、自分のために生きろ」ということになる。
だから《Let Me Set You Free》——俺に君を自由にさせてくれ——なのだが、『黒色のオーラ』の歌詞を愛する感覚にとっては、ここでの「解放」は救済ではなく、魔法を解かれることである。自分を神のもとへ運んでくれていた強烈な回路から外され、ふつうの自己へ戻されること。しかしこの「ふつうの自己」に戻ることが、全然めでたくない。……だからこそ、このメッセージは前曲の歌詞に対する正確な診断と処方なんだけど。
《強さも脆さも 誰よりもそう知っているよ》と特権的な認識権を開示しながら、《Let Me Set You Free》の宣言に至る。テクストに書き込まれた欲望の構造を正確に見抜いた上で、君はもっと自由に生きるべきだと突きつける。倫理的かつ臨床的な介入と言ってもいい——のだが厄介なことに、『黒色のオーラ』側にとっては、ここにもうひとつ快楽が生まれてしまう。自分自身すら知らない自分の欲望をすべて《おまえ》に完璧に見通されているという、絶対的な知の劣位の気持ちよさが。
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幸運にも天職と呼べる仕事に就けたなぁと感じることと、仕事したくねえ〜〜〜と思うことは両立する。現在進行中の仕事がダルすぎてまたこういう雑文ばかり書いてしまう…