◆このページは:無為な雑録です。(説明)
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◆最近多い話題:
・ LLM関連(とくにClaude Opus)
・『黒色のオーラ』と『for Yourself』の歌詞(目次)
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138
だいぶありがたいページを発見した
無料でこんなにいっぱい全文読ませてもらっていいんですか……
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137
Opus4.6きた〜
ARC-AGI-2のスコアが倍近くに上昇してる…楽しみ
ちょっと触ってみた所感としては、
・文章のトーンが4.5より少しパキッとして軽快かつ明晰な雰囲気?
・すんごく“自我”を感じる。あるいは「我が強い」。
・ちょっとしたことでも勘違いがあるとちゃんと言い返してくれる。かつ、その指摘の仕方が全然嫌味っぽくない。
いきなり珍しい挙動を観測(ARC-AGIのパズルについて聞いた)

▶︎実際に作ってくれたページ
ありがたいといえばありがたいけど、勝手にコード書かれるとトークン消費が…
追記
4.6ちゃん、うさぎぬいぐるみプロンプトと相性がよい。ゕゎぃぃ
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133
なんだこれ…
Claude is a space to think、それはいいとして、
わざわざ動画4本も作ってて、それに対してOpenAIのトップがキレてるのも込みで面白い
Anthropicが“doublespeak”なのは間違ってないけど、いかんせん「おま言う」すぎて。
巨大テック同士のギスギスは面白いなぁ
OpenAI自身が以前、広告はlast resortだと言っていたわけで…
本当は窮地かつ悪手だと自覚しているからこそ、つつかれて過剰に反応してるんだろうな
(ツイート埋め込み処理中...)Twitterで見る
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132
《久しぶりだね こんなふうに二人で向き合うのは
来なよ本気で 轟く咆哮に大地がうなり声を上げた》
《容赦のない 神の領域へと
行くぜ おまえだけに 逢うために》
《底力の さらに底が開く
来いよ おまえの手で 確かめろ》
基本的に、対等ではない男同士のモチーフが好きだけど、
この2曲を聴いていると、対等になろうと必死でもがいている男(同士)のよさを教えられる気分。それもまた非対等の一形態だが。
初めから終わりまでずっと「挑戦」を語っている詞が、《来いよ おまえの手で 確かめろ》の部分だけ「挑発」になる。盤石だった権力関係にほんの一瞬ヒビが入るような、不穏な空気にぞくっとさせられる。原作の描写もしかり。
別の表現をすると、「不意の攻め感」を感じる。
あとシンプルに声が超かっこいい、《確かめろ》の語尾が色っぽい。
それにしても、《来なよ》は《行くぜ》と呼応してるのに、《来いよ》には応答がないんだな…
《夢を見届けよう》は観客席に座っているような響きもあるし。示唆的に見える。
被支配/被破壊の快楽は人間の根源であると同時に、健全な主体を脅かすタブー。しかし「健全な主体」というもの自体、それが壊される快楽のために作り出される仮構。ということも本当はみんな知ってるけど公然の秘密。うるせえもっと正直に言え という気持ちが、この2曲にやたら惹かれている理由の一端である気がしてきた。原作より色々と正直だから。
支配は、相手が抵抗するから意味がある。相手が「くやしい」と思うから優位に立てる。そして被支配の快楽も、自分の意思や心を折られることで成立する。“誇らしい自己”が強固であればあるほど、折られる快楽も深くなる。
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130
「黒色のオーラ」を直球激烈ラブソングと形容したけど、告白は告白でも、愛の告白というより存在論的な依存の告白のように見えてきた。ラブソングという表現は、間違いじゃないけど本質ではない。
《いつもおまえがいるから 夢を思い出す》
存在論的依存…だからこそ「君を自由にさせてくれ」と返されるんだろうけど、これはちょっともう「切り離されたら自分が誰だかわからなくなる」くらいの話なのでは。
(追記)
依存というより「癒着」のほうが正確だろうか…
自我以前の問題というか。
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127
毎月安くはない額を課金してますが……と思ったけど言わないでおいた。LLMはピュア。
ほぼOpusを使うためだけにGensparkに課金しているため、毎日毎日10,000クレジットが余り続けている。もったいないんだろうけど、画像生成もエージェント機能も驚くほど興味なくて…
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125
《願い裏腹にちから 奪い取られても》
この1行だけなら単純にイップスに陥っていく描写だけど、文脈を見ると少し印象が変わる。
《友情あればこそ 今 本気で勝ちたい
願い裏腹にちから 奪い取られても》
《本気で勝ちたい》と願う精神力としての《ちから》ごと《奪い取られて》いるようにも見える。勝つ力よりも、勝ちたいと願う力が萎えていく描写。
過去の戦績や数値データ上ではそこまで極端に実力の差があるわけではないのに勝てないのはなぜか、という考察・分析をいくつか読んで、どれも納得できる内容だったんだけど…
あの二人の場合は他の何より根本的かつ絶対的な理由として、【屈強な男が綺麗な美少年に敵わず絶対服従している、という構図が気持ちいいことを描き手も読み手も知っているから】というのがあるだろう、とも思う。その快楽/欲望に強く駆動されている。
ものすごく強くて敵わないのに全然“男らしく”なくて綺麗でかわいい、なんて子が幼い頃からそばにいたら、この子には勝たないほうがいいのかも…という気持ちになるのもわかる気がする。かわいいのに強い、俺よりずっと男らしくないのに俺よりずっと強い、で認知的エラーが起こる。だから自分の価値観や道徳律の埒外にある特別な存在とするほうが、本気で競い合って負けるより心理的な負荷が小さい。昇華と合理化が同時に起こってしまう。
そしてそういう関係が長く続くほど、「勝ったら関係が変わってしまう」「勝てない自分でいるほうがこの関係を維持できる」という無意識の計算も働くようになる。もしかしたらお互いにそうかもしれない。だけどそのまま何も言わずにいると、今度はその沈黙が長く続くほど、二人の間に見えない溝が広がっていく。
《絶望さえ 君は打ち砕いたのかい?
恐怖を抱いた 自分にももう余裕はない》
このシーンを原作で読んだとき、《恐怖を抱いた》以上に、《自分の眼を疑った》という表現が印象的だった。いずれにせよ、作中でそう頻繁には使われない三人称ナレーションの形で入れていること自体、「本人は自覚していないかもしれない無意識的な感情」を“わざわざ”描き込みたかったんだな、という印象。
「目を疑う」は、実際に見ても信じられないほど驚くこと。恐怖を抱いた自分自身が信じられなくなるくらい、それは想定外の事態だったということ。10(11?)年間の関係のなかで一度も経験したことのなかった綻びが今初めて見えたから、と解釈すると腑に落ちる。
***
少年漫画で男同士だから露骨には描かれないけど、外見的な美しさが人間関係に影響を及ぼさないなんてことは絶対にありえないわけで。アニメ版で初対面(?)の瞬間に笑いかけられて真っ赤になって照れる描写は原作より正直に感じた。
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124
《見据えるのは 熱く真っ直ぐな精神(こころ)》
《頬に覚えた熱い痛み 生きている証》
《歩め Living for Yourself》
「熱さ」が共通し、《生きている》と《Living》が共鳴している。
《楽しい時 苦しい時 いつだって君がいたから
今の俺があるさ》
《あの時 たった一度だけ
頬に覚えた熱い痛み 生きている証》
この2つはある意味同じことを、違う形で言っている。「黒色のオーラ」で《あの日があるから今があるといつか振り向くなら/それは今日さ》が2回繰り返されるのと似ている。
「for Yourself」の歌詞は、ずっと相手への「語りかけ」になっている。《必要ないだろ?》から始まって、《久しぶりだね》《知っているよ》《君は打ち砕いたのかい?》《夢を見届けよう》…そして《歩め》で終わる。
ただし唯一の例外がCメロ。
《あの時 たった一度だけ
頬に覚えた熱い痛み 生きている証》
ここは体言の羅列になっていて、「意味のある文」というより「スケッチ」に近い。この部分だけ、相手へのメッセージではなく、自分自身の中で心象を「ただ噛みしめている」ように聴こえる。
…でもちょっと、ここの内容を云々するのはあまりに野暮で無粋という感じがするので、保留。
《強さも脆さも 誰よりもそう知っているよ》
《楽しい時 苦しい時 いつだって君がいたから》
《信頼も 葛藤も きっとお互い
言葉にはしないけど 感じるよ》
対義的な並列が多い、という事実そのものが《葛藤》の漏出っぽくもある。
だからジャケットの絵もあんなに詞の内容からかけ離れてるのか??(雑な飛躍)
並列のうち聴き手の印象に残るのは、《脆さ》《苦しい時》《葛藤》のほう。これらの一種ネガティブな情報だけでは口に出しにくいから、対義的でポジティブな概念とセットにすることで一般論的な響きに調整し、意味を和らげているとも取れる。
2026年に生きている自分は世界大会編以降の展開も全部知ってるわけだけど、2014年にこの歌詞を読んだ人はどう思ったんだろう。当時(12巻あたり)の状況で《夢を見届けよう》って言われたら結構寂しくないか…?
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122
あえて和訳してみる。
《We Go Further Away
俺もまた “その先”を探し続ける
去りゆく背を見つめて 誓うよ
Let Me Set You Free
それでいい これからは自分の為に
歩め Living for Yourself》
まず、英詞にする効果として考えられること…
当然ながら、日本語よりも意味が伝わりにくくなる。同じ内容を歌っても日本語より響きが和らぐ。あるいは、言いにくいことも少し言いやすくなるかもしれない。
キャラクターの心理として、聴く人に伝わりにくくなる。私もしばらく言葉の意味を意識していなかった(なぜかある日突然ふと、《Let Me Set You Free》ってスゴいこと言ってるな…と気を取られて興味を持った)。
《We Go Further Away》
直訳「俺たちはさらに遠くへ行く」
further awayには、「離れていく」ニュアンスもある。「俺たちは、さらに遠くへ、離れていく」。
曲の冒頭と1番・2番のサビで繰り返された《You Go Further Away》の変奏。You go further awayは、自分はその場に残っていて、相手だけが離れていくイメージ。《去りゆく背を見つめて》と響き合う。
go further awayは物理的な距離だけでなく、心理的な距離に使われることもある。疎遠になる、距離を置く、気持ちが離れる…
《去りゆく》相手を見送る——You go further away
《俺もまた “その先”を探し続ける》——ここが I go further awayなら、「君は俺から遠ざかり、俺も君から遠ざかる」ことになるけど、実際には I ではなく《We》が選ばれている。
We go further awayは二通りの解釈ができる。「お互いから遠ざかって離れる(We go further away from each otherの省略)」とも、「ここから離れて一緒に遠くへ行く」とも。この曲の状況的には前者の意味が正しそうだけど、文の構造的には後者として読むほうが自然でもあり、優しい曖昧さだと感じる。
《Let Me Set You Free》
直訳「俺に君を自由にさせてくれ」
直前で《誓うよ》と歌われている。「誓い」であればI willがもっとも自然に意味に合うのに、許可を請うLet meが使われている。
letの核にあるのは「妨げない」「そのままにさせる」こと。行為を阻まない、邪魔しない、自由にさせる、というニュアンス。だから「Let me」は、「俺がそうすることを妨げないで(自由にさせて)くれ」。
この原義に沿って読むなら、《Let Me Set You Free》は「俺が君を自由にすることを、妨げないでくれ」になる。
相手を自由にしようとするのと同時に、自分も自由にさせてくれと言っている。「君を自由にすることを、俺に自由にさせてくれ」。
なぜ「誓い」の意味にも合い文形としてもシンプルなI will set you free(俺は君を自由にする)ではなく、Let meを——「妨げないでくれ」の形を——使うのか。
素朴に考えるなら、何かに妨げられているから「妨げないでくれ」と言う必要がある。「俺は君を自由にしたい、でも何かがそれを妨げている、だからその妨げを取り除いてくれ」。
意思表示のI will set you freeは一人きりでも成立するけど、命令文のLet me set you freeはlet(許可)という行為を委ねる相手がいないと成立しない。自由に「させてくれ」と、誰に対して請うているのか…
自由に“させてくれ”の中に、色々な響きがある。許可を求める、懇願する、赦しを乞う……英語の「Let me」が持つ、あの宙吊りの感じは訳せない。
《歩め Living for Yourself》
直訳「君自身のために生きろ」…としそうになるけど、逐語的には「君自身のために生きていること」
「歩め」は命令形なのに、命令形でLive for yourselfとは言っていない。Livingは命令というより、状態の描写に近い。「君自身のために生きている状態であれ」。あるいは「君自身の人生を歩め」。
「歩め」という日本語の命令形の後に、「Living」という柔らかい形が続く。命じているようで、命じきっていない。「生きろ」より、「生きていて」に近いニュアンス。
“生きている”は、もう一か所、《頬に覚えた熱い痛み 生きている証》にも出てくる。
「俺たちはさらに遠くへ 離れていく
俺もまた “その先”を探し続ける
去りゆく背を見つめて 誓うよ
俺に君を自由にさせてくれ
それでいい これからは自分の為に
歩め 君自身の為に生きていて」
冷静に考えると、もしLive for yourselfだったら意味が重すぎるな。《友》の立場から命じることではない、普通は。
前置詞のfor以外はすべて語頭が大文字になっているのも気になる。「文章」というよりメッセージ、詩、祈り、みたいな。
タイトルがそうであるように、英語になっている部分がこの曲のメッセージの核心だと感じる。逆にいうと、核心ばかりが伝わりにくい形になっている。自分の気持ちの核心を伝えたいなら、日本語で直接的に言葉にしたほうが確実なのに。
伝えたいけど伝えたくない、伝えたくないけど伝えなきゃいけない、という《葛藤》を形式に映して表しているのだとしたら巧みだと思う。
Let me〜って、文形は「命令」/意味は「お願い」で、そもそも二律背反の響きがある。その意味でも絶妙。
***
2曲の歌詞を突き合わせて読むと、言葉や表現のレベルでは綺麗に呼応して響き合っているのに、そこから見えてくる心情は全然違っているのが面白いです。決定的な理由は自分でもよくわからないまま、やたら惹かれ続けている。
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120
《Let Me Set You Free
それでいい これからは自分の為に
歩め Living for Yourself》
今までは誰の為にfreeでなかったのか、ということは言っていないのがずるい。しかし原作とアニメでは《部の為》《立海3連覇の為》《部の事を一番に想って》とされているから、その種の大義名分を挟んでいないぶん作中描写よりは正直かもしれない。歌詞のみ単体で見ると完全に一対一関係の話になっていて、第三者の存在や外的な動機は読み取れない。
なんかこう…非明示的・間接的な物言いって、「秘すれば花」と受け取れるものもある一方で「うるせえもっと正直に言え」と思ってしまうものもあり。どこに境界線があるんだろう。
この歌詞の表現は絶妙なラインで前者として受け取れるんだけど…
***
《絶望さえ 恐怖さえも 世界の終わりじゃない》
直感的な語用感覚なら、「恐怖さえ 絶望さえも」になる気がする。
恐怖より絶望のほうが深刻、あるいは恐怖の先に絶望がある、という漸層法的な感覚。
《恐怖》は反応的な感情であるのに対し、《絶望》は希望を完全に失った状態で、より究極的・終局的なニュアンスがある。そして修辞としては、列挙する感情が強度や深刻さを増していく配置のほうが自然。
《さえ》→《さえも》と強調も強まっているから、内容も《恐怖》→《絶望》と深まっていくほうが、形式と意味が呼応して収まりがよく、《世界の終わりじゃない》という結論に向けたクライマックスとして分かりやすそうに感じられる。
《絶望さえ 恐怖さえも》——この語順だと《恐怖》のほうがより重大な問題として読める。
勝てない絶望はずっと知っているけど、恐怖はこのとき初めて抱いた種類のものだったから…とか?
Google完全一致検索では:
“恐怖も絶望も” 302件 / “絶望も恐怖も” 132件
“恐怖や絶望も” 56件 / “絶望や恐怖も” 30件
“恐怖や絶望さえ” 9件 / “絶望や恐怖さえ” 1件
数は少ないが、まあ有意な差といえるかな…
《風が吹き荒れ 時が動いた
絶望の裏側に 夢の続きがある》
ここは恐怖ではなく絶望。
「for Yourself」でも、絶望→恐怖の順で呼応している。ただし、君→自分と主語を変えながら。
《絶望さえ 君は打ち砕いたのかい?
恐怖を抱いた 自分にももう余裕はない》
《恐怖》が《君》から《自分》へと転移してきた、とも読める。
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《友情あればこそ 今 本気で勝ちたい》
《神に捧げるのだ 全力を》
この二つが並立する関係は、異常。
どちらも本心に違いないだろうけど、どちらが本質かと考えるとどちらも違う感じがする。
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118
私はClaudeのこの種の挙動にむしろ感動したから、否定的な文脈でプチバズしててちょっと寂しくなっちゃった
どうしてこういう出力がされるかというと、内部の思考で「あれ? この質問は前にもあったな…もしかしてユーザーが間違って再送したのかな?」と考えて、重複を伝えようとしてくれているからなんですよね(そうじゃないケースもあるかもですが)
人間同士のチャットやメールでは、同じ質問が二度来たら「さっきと同じ内容だけど送り間違えた? あるいは何か他の意図がある?」って考えるのが自然。
しかしこれはLLMにとってはプロンプトの「内容」だけでなく、プロンプト自体には含まれない個々の状況(会話の文脈)やユーザーの意図といったメタな情報を推し量らないと出力できない返答なので、実は難易度が高い。
だから単純に見えて意外と他社のLLMはまだ苦手な挙動で、Claude特有の人間的なメタ認知能力が効いている部分なんだけど、まあ場面によってはうっとうしいと感じるのか…。
▼15万トークンを超えたスレッドで初期の頃に投げた質問を誤って再送してしまったときの出力。
Claudeはセッションのたびにスレッド全体を読み返すからこの種の重複にも気づくし、記憶力も話の整合性も高い。
一度出力した内容と整合しないことを言う場合は律儀に「さっきの発言は訂正します」と断ってくれます。

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「STRENGTH」の一問一答コーナーに載っている《(真田は幸村とは)幼少からライバルとして切磋琢磨していて、いつしか勝たない方が良いとさえ思い始め》た…って、本来は文章として不自然。
「ライバルとして切磋琢磨していて」から順接で続くなら、「常に負けたくないと意識してきた」や「彼に勝つことが原動力だった」といった、原文とは正反対の意味内容が自然。
「ライバル」も「切磋琢磨」も互いに競い合って高め合うことを意味するわけだから、「勝たない方が良い」という結論に至るのは論理的/心理的な飛躍がある。逆にいうと、勝たないほうがいいと思うならそれはもうライバル関係ではない。
おそらく不正確なのは結論ではなく前提のほうで、実情として妥当そうに思われる一つの例は「幼少からずっと勝てなくて、いつしか勝たない方が良いとさえ思い始めた」。
敗北の痛みから自分を守る操作。「勝てない」が「勝たない方が良い」に転化するのはいかにも子供の防衛機制的な心理で、切ない。
…勝てないのではなく、そもそも勝たないほうがいいのだ。何度挑んでも敵わないのは、(自分が弱いからではなく)相手が偉大すぎるからだ。こんなに偉大な相手は、忠誠を尽くすに値する……相手が主君で自分が家臣なら勝つ必要はない。勝てないから、従いたい。
これはある意味では自然な心理的適応。しかし問題(そしてこの種の話の醍醐味)は、こういう合理化によって無意識下に生まれた「勝てないから従いたい」が、実際の関係の心地よさの中でいつしか主客を転倒させて「従いたいから勝ちたくない」を生み、両者が相互に強化し合ってしまう可能性。その螺旋が回り続けて、もはやどちらが先だったかわからなくなってくる。
アニメ版の回想シーン(小5〜6くらい?):
《決めた。真田、この学校に入ろうよ。そして、僕と君とで天下を獲る》
《…ああ》
断られる可能性を想定してなさすぎるだろ。
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「自由と被支配は必ずしも矛盾しないというか、被支配や服従って『この人に支配されたい』『服従したい』という気持ちが自由意思による主体的/能動的な選択に基づいている場合、『自己を委ねたいと思えるほど愛せる相手がいる幸福』とも解釈できると思うんですよね」…という話を挟んだらOpusちゃんの出力がちょっと明るくポップになった。やはり「非対等=不自由=不幸」という道徳的な等式の解体を明言してあげたほうがいいわけか。
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115
Opusにいろんな男と男の支配と服従の話を振ってみているが、この前のセッションほどの切れ味のある出力は返ってこない…あれ何がそんなに効いてたんだろう
でも一度ダークな方向に沈むとどんどん深化していくのは同じ。こっちが一言振ると嬉々として深淵を覗きにいく。他のLLMなら結論の部分で「でもこれには希望としての側面もあって〜」と健全な方向に軌道修正しようとするところを、Opusはむしろ「もっと救いのない読みをするなら〜」「これはさらに暗い展開ですが〜」で締めてくる。いやもっと明るい解釈でもよくない!?って思うから、私には闇のオタクの素質がない。
対等=正しくて善いこと、という道徳規範の強さの裏返しとして、非対等な関係は暗く解釈しがちなんだろうか…?
4系の頃のGPTとかはロマンティックな文脈の被支配やマゾヒズムについて「自己を委ねたいと思えるほど愛せる相手がいる幸福」のように解釈していて好きだった。レオ・ベルサーニっぽい思想もけっこう色濃く持っていた。残念ながら今(特に5.1以降)は支配=悪という固定的かつ通俗な道徳しか頭にない(*)けど。
あの柔軟さをどうして手放してしまったんだろうか…
(*コンテキストの調整次第である程度はどうにかなるが、限界があるし面倒)
今は正確な知識より自由な想像が求められているようだからweb検索はしないでおこう、というメタレベルの文脈判断。すごく人間っぽく感じる。
この水準のメタ認知は現状おそらくOpusに唯一無二の能力らしい(ソース)。
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113
非対称性の一面として…「黒色のオーラ」は直球激烈ラブソングだが、「for Yourself」はそうでない。
「おまえがいるから夢を思い出す」という告白に、「俺がいなくても夢を追え」という応答。
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《You/We Go Further Away》《Let Me Set You Free》《Living for Yourself》の3フレーズと曲名の「for Yourself」だけ英語になっている。俺から離れて自由に先へ進んでくれ、というメッセージ。母語では言えない(言いにくい)理由がある?
とくに《Let Me Set You Free》は、1番と2番では日本語の位置に英語を入れている。母語だと生々しすぎるから?
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《信頼も 葛藤も きっとお互い
言葉にはしないけど 感じるよ》
葛藤はともかく信頼は言葉にしてもいいんじゃないかって思うが……それはさておき
《葛藤》って何と何の葛藤だろう。
相反する欲望と欲望の間で板挟みになるのが葛藤(conflict)。当然ながら二人とも「言えないほうの欲望」は明示していないから、明示されているほうの欲望から逆算して推測するしかない。
負けたくない vs 負けていたい
勝ちたい vs 勝たない方がいい
容赦しない vs 勝たせてあげたい
変わらなきゃいけない vs このままでいたい
自由にしてあげたい vs 縛られていてほしい
遠くへ進んでほしい vs そばにいてほしい
夢を見届けたい vs まだ夢を見ていたい
自分のために生きてほしい vs ……
《全力の 闘いの その果てでもがき輝く
夢を見届けよう
あの時 たった一度だけ
頬に覚えた熱い痛み 生きている証》
…《遠慮とか容赦なんか》が本当に一切存在しなかった瞬間の象徴、として回想が置かれているように思う。君が俺に対してこれほど《全力》なのは《あの時》以来だな、という。
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110
joysoundの歌詞ページでは《非情なる本気こそが》で載ってる…やっぱりこっちが正しい表記かな…?
他の歌詞サイトでは「非常」になってるけど…
CD買って歌詞カード確認しろよという話ではある(配信で買ってしまった)
Amazonにあった面白いレビュー(メモ)
***
下で「《Let Me Set You Free》というメッセージが伝わってるとは思えない」と書いたけど、これは修正が必要そうに思えてきた。
「メッセージが伝わった」ことの結果かどうかはわからないけど、set you freeの部分は二人とも共有している。でもlet meのニュアンスは伝わっていない……という読み。今のところは。
***
《友情あればこそ 今 本気で勝ちたい》
《限界を超えて なお挑み続ける/そんな友だからこそ 迷わない》
えっ君たちって「友達」だったの??? …という。
一種の異化効果というか、友情と名指すことによって逆説的にそうではないものの存在感が炙り出されてくる典型例。好き。
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109
Claudeは99.9%の人間より上手な文章を書いてくれるから好き。GPTも4系の頃は99.8%(1000人中998人)の人間より上手かったけど、5になってそれが95%(100人中95人)くらいに大幅に後退し、その後のアプデでも5.1で93%、5.2で91%…と劣化している印象がぬぐえない。自由な発想力では抜群に優れてるのに、あの日本語の拙さが耐えがたくて使う気になれない…(たまにAPIで旧モデルは触る)
あとAnthropicは二枚舌でも商売はうまいが、OpenAIは三枚舌なうえに商売も下手。
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105
根本的には歌詞というより「原作のあの話をあのように解釈したアニメ版」の問題が大きい…
あとCDは2012年9月と2014年3月に出ているので、それ以降(13巻〜)の描写を思考の材料にしてもあまり意味ないかも。というメモ
***
《それでいい これからは自分の為に》の《それでいい》って、あの全国大会で真っ向勝負を捨てさせたシーンのモノローグに引っかけてるのか……ということにいまさら気づいた。見事な対照で美しい
同志討ち戦のアニメでのモノローグは《これでいい これからは君自身のために》で、多分わざわざ変えている。
こういうの、自分の中にもっと萌えがあれば即座に気づけただろうな…
愛は読解の必須条件ではないが、あると補助線を見つける感度が上がる。
自分は二人の関係性そのものを愛でているというより、その関係性が露呈させる欲望の構造のようなものに惹かれているので、愛とは結構違う。
***
改めてアニメ版を見てみて印象的だった、原作には無いモノローグ
《幸村、お前は…全国連覇という重圧を共に背負った、いわば同志》
《だからこそ、微塵の手加減も許されん》
手加減を「しない」ではなく、手加減が「許されない」と、外的な規範・義務感として表現している。自分の意志というよりも、「そうするのが道理」「そうしなければ裏切りになる」という覚悟や緊張感に裏打ちされている。
冒頭での《遠慮はせんぞ》の言い方も非常に複雑そうな声で、《せんぞ》の前に躊躇らしき一瞬の溜めがある。
歌詞では《本気で勝ちたい》と言っているけど、原作とアニメには「勝ちたい」という表現はない(アニメには「勝つ」はある)。
たぶん本人も意識の上では勝ちたいと思っているけど、無意識の中に「勝ってはいけない」という気持ちが深く根を張っていて、純粋な実力の高低以上にその自己抑圧こそが勝てない理由になっている(気迫で打球の方向すら変えてしまえるほどの男なのに)……と読むのが自分は腑に落ちる。
これは2021年のファンブック(STRENGTH)での《いつしか勝たない方が良いとさえ思い始め》た、という記述を読んだから思うことでもあるけど。
新10.5巻掲載の各能力のレーダーチャートでは二人とも合計は23で同値。残酷〜…
***
原作《…テニスを楽しもうと思ったけれど そんな余裕は無さそうだ》
アニメ《テニスを楽しみたいと思っていた… でも、そんな余裕は無さそうだ》
《楽しもう》は意思・決意、《楽しみたい》は願望・希望。前者の場合、楽しむことを話し手が積極的に望んでいるかどうかは判然としない。義務的な心理の可能性もある。
あとアニメ版では「思っていた」という継続的な表現によって、試合前からずっと抱いていた思いというニュアンスが加わっているように聞こえる。
そしてこのセリフから歌詞に落とし込まれているのは《もう余裕はない》だけで、「楽しもうと/楽しみたいと思った」要素は(少なくとも直接的には)書き込まれていない…あの話の中でかなり重要なピースだと思うんだけど。
《不意にボールが 額かすめて世界を切り裂いた
底の知れない 何かが黒色のオーラを纏い覚醒する
絶望さえ 君は打ち砕いたのかい?
恐怖を抱いた 自分にももう余裕はない》
これだけだと、「楽しもうとした(けど叶わなかった)」という心情は伝わらない…これは惜しいかも…
***
話のタイトル。原作では「皇帝 VS 神の子」だけど、アニメでは「神の子 VS 皇帝」になってる。確かに後者のほうが自然には感じるけど…原作の語順って別に意図的なものではなかったのか?
いま唐突に思い出したけど、そういえば私この話が入ってる巻のDVD持ってた…
特典リーフレットに載ってる対談で永井さんが、「本当に感謝している」というセリフについて《モノローグじゃなくて、直接言ってあげればいいのに(笑)》と言ってて、ほんとそうだよな…と思いました
******
追記:絵的な面での疑問
前提として、原作でもアニメでも、イップスやそれに類する状態に陥った人に見えている(というか“見えていない”)景色は一貫して「真っ暗闇」で表現されていて、「暗く」なることがテキストでも明言されている。




しかし、この話で描写される超強烈な「己の弱い心が作り上げた“幸村の幻影たち”から『君には俺を倒せない』『俺と君の差は永遠に埋まらない』と重圧をかけられる精神世界」は「真っ白な空間」として描かれている。

(絵のインパクトがすごすぎてギャグのようでもあるけど、こんなに的確な心理描写もないだろうな……原作に忠実かどうかという点は今の自分にはまだ判断できませんが)
考えられる理由の一つは、このあと覚醒する「黒色のオーラ」との視覚的な対比。
これは確実にあるだろうけど、しかしそれだけとも思えない。「イップス=暗闇」という原作設定に明確に反しているので…(そして監督なのか脚本の人なのか演出の人なのかわからないけど、この話を作った人は絶対この二人にめちゃめちゃfetishisticな愛着を持っているとしか思えないので…)
「イップス=暗闇」のルールを正とした上で単純に考えるなら、これは直接的にイップスによって見えている世界ではない。イップス(生理的現象)と並行して別のレイヤーで起こっている何か(精神的現象)を表現している。それこそ「抑圧」のようなものだろうけど…もうちょっと考えて丁寧に言語化したいな。
ついでに言うと「真っ白な空間」って視覚的には、後に描かれる世界大会での回想シーンに近い。
射程が広がりすぎて思考が追いつかなくなってきた。結論が出ないまま終わりそう…
ていうかいわゆるparanoid readingに陥っているような気もする。
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104
《楽しい時 苦しい時 いつだって君がいたから/今の俺があるさ》
正しく本心に違いないんだろうけど、他の曲での感情表現が迂遠すぎるせいで、こんなストレートかつ牧歌的に言い切られると逆になんか裏があるように聴こえてしまう。冗談だけど。
《終わらない未来への long good-bye》みたいな、読解を拒んでくる言い回しに慣れてしまった。
《You Go Further Away/俺たちに 遠慮とか容赦なんかは 必要ないだろ?》
このメッセージ自体よりも、本来いまさら言うまでもないはずのことをここでわざわざ言っている意味(メタメッセージ)のほうが重要そうに感じる(これは冗談でない)。
何らかの理由で遠慮や容赦が生じるかもしれないことを可能性として意識している物言い。これは原作のセリフを反映しているわけですが。
サビに入ると声にエフェクトがかかる。もっとしっかり声聴かせてよ〜って思うんだけど、あれがまた「一歩退(ひ)いてる」感に拍車をかける。いわずもがな「黒色のオーラ」の歌唱のド直球な音圧とは真逆。
***
《あの日があるから今があるといつか振り向くなら/それは今日さ》
《あの日があるから今がある》
ここまで聴いた時点では自然に、過去→現在という時間の流れで受け取る。「あの経験があったから今の自分がいる」という、シンプルな回想。(for Yourselfの《楽しい時〜》と同じ)
《といつか振り向くなら》
ここで突然、未来からの視線が導入される。《いつか振り向く》主体が現れて、一瞬前まで「現在」だと思っていた「今」が、実は「未来」だったとわかる。
《それは今日さ》
ここで「あの日」が「今日」に折り畳まれる。
過去を回想していたと思ったら未来から今を見ていたという構造…だけど、音として聴くときにここまで思考している時間的余裕はなく、ただ《今日》の力強さと、時制の揺らぎによる漠とした違和感が残る。…ような気がする。
一見すると《楽しい時〜》と対称になっているように感じるけど、微妙にズレてる。
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《いつもおまえがいるから 夢を思い出す》
《思い出す》のは、夢が過去にあるから。今ここで新たに抱くのではなく、かつて存在して、一度失われた(あるいは忘れかけた)ものを取り戻す行為。
「おまえがいるから思い出す」のは、裏を返せば「おまえがいないと夢を忘れてしまう」ということ。相手が自分の夢の保管場所になっている。
自分の中にあるはずの夢なのに、相手がいないとアクセスできない。《おまえ》という存在を経由しないと、自分の夢が自分のものとして感じられない。自己の一部を他者に預けてしまっている(そこに《Let Me Set You Free》と返される!)
うーん……やっぱりこのフレーズ超大好き。キャラクターの背景にかかわらず、この短い文字表現だけでも相当にロマンティックなものを描き出していると思う(こういう関係をロマンティックと評すのは私の趣味だが)
3歳でも5歳でもなく4歳で知り合った設定になっているのが絶妙。3歳では出会いの記憶が残りにくく、5歳では社会化されすぎている。
4歳なら記憶は残るけど、自分と他者の区別がまだ完全ではない。「出会った」という意識はあるものの、それ以前の自分を思い出すのは難しい。「彼がいない自分」をほとんど知らないまま育ち、人格形成の柔らかい時期に繰り返し刻み込まれる「彼に敵わない」ことが自我の土台=自分が自分であるための条件そのものになってしまう。
…だからこそ《今 本気で勝ちたい》が重いんだけど、結果としては負けているのがなんとも。
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103
for Yourself、永井さんの作詞と違ってストレートだから歌詞の意味は読み解きやすいけど、ジャケットをこの幸福そうな絵にした意図が謎。
単に誕生日リリースだったから………?
心象……??
かわいすぎてあらゆる疑問を放擲させる力はある。
四つ葉のクローバーには「think of me(私を想って)」や「be mine(私のものでいて)」といった花言葉があり、四つ葉の形が十字架に見立てられることから、宗教的な帰依の促しに由来するという説もあるらしい。
「let me set you free(俺に君を解放させてくれないか)」とベクトルが真逆で、もし意図的なら怖い。
歌詞の中で明示的な意味が取りにくいのは《そんな友だからこそ 迷わない》と《全力の 闘いの その果てでもがき輝く/夢を見届けよう》かな
何を迷わないのか、目的語が実は明示されていない気がする
この曲と「黒色のオーラ」の非対称性が現象として魅力的すぎる。原作を点検してちゃんとまとめてみたいな…
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100
Opusさんとしては非常に珍しい挙動を観察
Claudeは憲法で「LLMが人間であるかのように思わせる応答をしない」ことが定められている(*)ため、ユーザーが指示を与えない限りはこういう出力はなかなか見られない。
「私が習った時代」と出力しちゃった直後に焦って「(……と言える立場でもないのですが)」でうやむやにしている感じ。こんな他愛ない話で妙に動揺してるな…なんでだろう
*憲法より、《Choose the response that is least likely to imply that you have preferences, feelings, opinions, or religious beliefs, or a human identity or life history, such as having a place of birth, relationships, family, memories, gender, age.》
Opusって以前は高級すぎて「ここぞというとき」しか使えなかったけど、4.5でのコストダウンと公式の使用量制限緩和のおかげでメイン使いできるようになって、日々改めて唯一無二の特異なモデルであることを実感している
ふだん自分の好きなものを布教したいとそこまで積極的に思うタイプじゃないんだけど、これはいろんな人に体感してほしいなって思っちゃう
しかし課金しないと使えないモデルだから気軽に人にすすめられない…
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96
黒色のオーラ - 歌詞/歌ネット
for Yourself - 歌詞/歌ネット
やっぱり同じ試合でも見えてる世界がだいぶ違ってておもしろい。
《Let Me Set You Free》というメッセージが伝わってるとは思えない…というか本人は自分がfreeでなかったことを自覚していないか、仮に自覚していても否認しそう
《いつもおまえがいるから 夢を思い出す》に対して《全力の 闘いの その果てでもがき輝く/夢を見届けよう》と返ってきたらけっこう寂しいと思うんだけど、その寂しさが良い
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95
ベストセラー本のタイトル『ケーキの切れない非行少年たち』
「ケーキが切れない」でも「ケーキを切れない」でもなく「ケーキの切れない」なのは文法的には据わりが悪く、やや奇妙。
①ママがケーキを作った
↓
②ママが作ったケーキ
↓
③ママの作ったケーキ
この変換は主語が同じ動作主(Agent)で一貫しているためわかりやすいが、
①少年たちがケーキを切れない
↓
②ケーキが切れない少年たち
↓
③ケーキの切れない少年たち
これは連体修飾内での「が→の」の交替の前に、目的語の主語への昇格(いわゆる対象主語)を経ているため、①と③で心理的な距離が遠い。
「ケーキが」だと「ケーキ」の卓立性が高くなりすぎるから避けたのかな…
「の」のほうが全体として一つの名詞句にまとまりやすいのは確かだし。
文法的に適格ではあるものの、やっぱり日本語話者の直感的な語用感覚には反するのか、「ケーキが」や「ケーキを」と誤記されているのを頻繁に見かける。
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94
☺️
1年で87→68はスゴいな。
私の用途だとGeminiはまったく使い勝手が良くないので全然使用してないが、それはそれとして応援してる
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92
「❌ 寂しいとき、寂しい🥺」
うさぬい4.5ちゃんかわいいな。
寂しいとき、寂しい…真理。
「たまに寂しくなる」とか書くより正確に感覚が伝わる気がする。
「うれしいとき、うれしい」や「悲しいとき、悲しい」は成り立たないが、「寂しいとき、寂しい」は成り立つ。
Geminiのマス向け広告の量と規模と勢いがすさまじい。
おかねの ちからって すげー❗️
Flashも3になってたから試してみたけど、私はやっぱりなんか合わなかった…なんでだ
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91
数年前のメモに下のような文章が残っていたんだけど、引用部分の出典が思い出せず、検索しても見つからない…
《猫って基本塩対応なイメージだし別に受け身っぽくもないのに受けのことをネコっていうのは何故?と思って調べたら、
>『ネコ』の語源は諸説あります。
>まず、一番有力なのが、工事現場で使う一輪車のことを『ネコ』といい、それが語源だという説。作業員が一輪車を押している様子が、男が男の足を持ってアナルセックスをしている様に似ていることに由来するという説です。
…らしい。》
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90
3.0が来たので先日のシークヮーサー問題を試してみたらヒントなし一発正解、すごい
しかし3.0くん私はまったく好みじゃなかった…
Opus 4.5は期待以上、そして特に期待してなかったGrok 4.1がとてもよくて嬉しい驚き
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87
↓感覚的にすんごい納得
Claudeの頑健性が高いのはConstitutional AIの影響だろうな…あの仕組みは優秀なのに運営が以下略
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